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絵描きの夢を奪われた理不尽すぎる運命[挫折体験P1]

      2020/10/05


 

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「普通」を求めることが許されなかった運命

「イラストレーターになりたい」

僕は高校時代からそんな想いによって動いていました。
美術系大学に入り自分なりに画力を求めていく毎日。
稚拙ながらも少しずつ技術がついていきました 。

最も時間をかけたオリジナルイラスト

「このまま頑張っていけばイラストレーターになれる」

と、根拠のない自信に満ちあふれていました。
努力さえ続ければ人並みの幸せを掴めると信じて疑わなかった。

「普通に頑張り、普通に報われたい」

決して欲張りな望みではないと思っていました。

このとき、少しの不安もなく、まさか自分に…

回避不能の時限爆弾が仕掛けられているとは夢にも思いませんでした。

突如、右手に現れた謎の激痛

絵を描き続ける生活を続けていたある日、
右手の親指に今まで感じたことのない、激痛が走りました。

うらぎ
え!?なにこの痛み!?

自分の身体の中で、何かが切れたかのような、何かが爆発したかのような衝撃…

それはもう瞬時に、普通じゃないことが起きたと理解せざるを得ないものでした。

その痛みは一過性のものではなく、
指に何かが触れれば激痛が走るという症状がずっと続くという恐ろしいものでした。

当然ながら、その日からペンを握れる状況ではなくなりました。
それどころか日常生活すらおくれないレベルの激痛に全く成す術がありません。

自分に何が起きたのか把握するのにも数日を要するような混乱と衝撃でした。
ここから僕の人生は大きく狂っていってしまいます…


「無理」の構造 ―この世の理不尽さを可視化する

突きつけられた理不尽に精神はやられていった

「意味不明の右手親指の激痛」
そう表現する以外ないような症状は、それから1週間、1ヶ月とずっと続きました。

僕は神に祈るように自然治癒を切望していましたが、
直る気配がないどころか、皮肉にも症状はひどくなる一方でした。

腱鞘炎などの病気だったら時間経過で治るはず、と考えていただけにショックは大きかった。

あまりの痛さに食事なども左手で行うようになり、
気付いたら右手を封印して生活するようにまでなっていました。

大学にも行けなくなり、部屋にとじ込もる生活が続きました。

泣いたり、考えたり、最後には放心状態で時間だけが過ぎていきました

ジュラビー
僕たちだけ 世界から 隔離されたみたいだった…。

続きはこちらになります。

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