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夢を失った挫折と自由への再出発 [筆者紹介]

      2019/11/17

うらぎ けーた

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自由を目指したはずだった僕の黒歴史

全ては、ひとつの理不尽すぎる出来事から始まりました。
いくつもの最悪が重なって、夢、心、時間、など全てを奪われた、地獄のような体験。

このブログのキャラクターは、自分でデザインして描いたものって知ってますか?


「やりたくないことに縛られたくない!」という子供の頃から抱いていた強い想い、自由への憧れ。

昔から絵が好きだった僕は、いつしか「イラストレーターになりたい!」という夢を持つようになりました。

絵師を目指してた時に描いたオリジナルイラスト

絵に人生をかけるつもりで頑張って、時期的にもう後戻りできないって時に、その理不尽は起きたんです。
それは、絵師になりたいという夢を、不可抗力によって強制的に奪われるという悲劇。

全ての経緯を知りたい方はこちらで書いています。(長いです)

突如、右手の親指に発症した原因不明の激痛。
そのあまりの痛さに、自殺を考えるほどに追い詰められました。

治したいという強い想いと裏腹に、僕にできたのはたくさんの病院を回ることだけ。
それでも全く原因がわからず、精神が壊れていくのを止める術はありませんでした。

「こんな目にあって、生きていける訳がない」

ジュラビー
「僕は苦しむために生まれたの?」

なんとか突き止めたその原因は、先天性による肘の形状にあったのです!
こうなることが、最初から決まってたという事実に衝撃を受けました。

僕の右ひじは伸ばした状態で30度近い角度があり、神経に負担をかけていました。
10年以上経っても消えることのない手術跡が痛々しいです…。

神経を圧迫されない位置に移動する手術を受けたことで、激痛からは解放されましたが…
絵を描いたらある程度の痛みが出てしまう状態のまま、ついに完治することはありませんでした。

生きるためには”受け入れる”しかない

理不尽すぎる不可抗力で人生を壊滅させられた、悪夢のような現実。
今にも崩れそうな心は「死にたい」という気持ちに支配されかけていました。

ここで僕に課せられたのは、夢という命と同じくらい大切なものを諦める、という涙ながらの決断。
そのためには、生きるための根本的な考え方を大きく変える必要がありました。

僕はとても心が弱く、正直者はバカを見るを人生単位でやってるような性格に悩み続けてきました。

どんなことでもまず調べてからじゃないと行動できない…そんな欠点だと思っていた自分の性格。
でもこの時だけは、そのおかげて自己啓発などを必死に学ぶことができ、僕は少しづつ救われていきました。

「こんな不平等な世界でどうやって生きていけばいいのか…」

「先天性…最初から決まってた運命…僕はすごく弱い存在として生まれたってこと?」

ジュラビー
もしかして…この状態が僕のスタートライン?

それは、全ての生命は与えられるものがバラバラであることが当たり前、自然であるという気づきでした。
強い人弱い人、それぞれが全く違うのにひとつの基準に縛られるから生きづらくなる。


「僕は何も悪いことをしていないはずなのに…」

「完全な不可抗力…自分の力では絶対にどうしようもないこと?」

ジュラビー
考えても消耗するだけなら…受け入れるしかない?

何にも縛られず、ありのままを”受け入れる”こと。
それが、僕が前を向いて生きていける唯一の方法だったんです。

この世界には自分ではどうしようもないこと、不可抗力が存在するという気づき。
感情や固定概念に縛られなければ、楽しく幸せに生きられるという学びでもありました。

今では「障害という不可抗力を受け入れて、お絵描きをもう一度楽しもう!」と前向きに変わってきています。

自分の人生を選びなおす決意

受け入れることで「もう一度生きよう!」と立ち直れたものの…
培ってきた技術を奪われた状態で、どうやって厳しい社会に立ち向かえと言うのか。

突きつけられたあまりの理不尽に、答えを出せずに苦しみ続ける毎日が続きました。

「このままじゃ、みんなと同じように一人前になれない…」

ジュラビー
…みんなと同じように?

「生まれ持った条件が全く違うのに…」

「何故みんなと同じ生き方を目指さないといけないの?」

ジュラビー
…いけない?僕は…まだ縛られてる?

僕は全てを受け入れると決意してもなお、固定概念に縛られていたのです。
見栄やプライドが作り出した「一人前にならなきゃいけない」という固定概念。

社会という前提の中でしか考えられなかったことが、終わりの無い苦しみの原因だったのです。

「僕は決して苦しむために生まれた訳じゃない!」

「なんで今まで、苦しむ選択をしなきゃって思ってたんだろう…」

ジュラビー
楽しい生き方か、苦しい生き方か、なんて迷うはずもないじゃん!

全てを失ったからこそ、正しいと思ってた固定概念がいかに偏ったものだったのかに気づくことができたんです。
不平等な世界なのに社会というひとつのルールで、弱い人は苦しみ続けるしかないっておかしいと思いませんか?

それは、弱い自分を認めて見栄やプライドを捨てれば、楽しく生きられるという気づきでした。

「僕は…本当にしたいことをして生きていく!」

心の縛りが無くなって自由になった僕を待ち受けていたのは…直近の生き方を好きに選んでいいという状況でした!
それはずっと忘れてたような究極的な自由さ、子供の頃に戻ったかのような不思議な感覚。

ジュラビー
「生きるって本来こんなにも自由なことだったんだ!」

僕は動揺しました、自分の周りにあるあまりの選択肢の多さ。

「今までもずっとあったはずなのに…気づかなかったんだ…」

ジュラビー
「もしかして…僕は生まれて初めて自分の意思で生き方を選ぼうとしてる?」

そう、人間は今の生き方以外のほとんどが盲点になってしまうという気づき。
この世界にある無限の選択肢が見えなくなってしまう方が普通だという学びでした。

絵師になることを目指さなくて良くなってから、予想外の感情の変化が起きました。
それは、絵に対する縛りが無くなったことでお絵描きが前よりも楽しくなったんです!

もしかしたら、僕は絵師になるという夢にも縛られていたのかもしれません。

したいで始めたことが、しなければいけないに変わってしまうことがあるだなんて…。
それは、人間が今の生き方を自分で選んでいると錯覚し、それをより好きになるように自分を洗脳していくという学びでした。

あなたは、自分の人生を選べていますか?
一度しかない人生、絶対に後悔がない生き方を選びたいですよね。

本当にしたい生き方

僕が心から「したい」と思った生き方。
それは、絵師を目指した経験を生かした自分ブランドを作って、ブロガーとして生きること。

求めたのは「縛られずに自由に生きること」と「自分の個性を表現すること」という2つの要素です!
当ブログたのシェアはそんな想いから始まったという訳なんです。

今でこそそれなりに収益も上がり、ブロガーという生き方として頑張れるようになってきたんですが…
最初はそれはもう紆余曲折、全く順調には進まなかったんですよね。

かなりの時間をかけてオリキャラとウェブデザインを完成させて、
「さぁここからツイッターを使ってブロガー達と交流しながらブロガー活動を頑張るぞ!」
と意気込んだものの…

わずか2ヶ月で精神的に折れて、ブロガー活動用のツイッターアカウントを消してしまいました…。

自分でも驚いたのですが、心の弱さから他人との交流が苦痛すぎて、どうしてもツイッターが使えなかった。

Youtubeに進出しようとして、頑張って動画素材を作るも2動画アップしただけで辞めてしまう。

リセカ
異常なほどの恐怖、躁鬱のような感情の起伏など、単に心が弱いというだけとは思えませんでしたね。

実はこの時…絵師を挫折した時の心の傷が、トラウマとなって僕をさらに臆病にしていたんです。

周りからの刺激に敏感な、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)という特性にぴったりと当てはまりました。

「僕が我慢すれば他の人を怒らせないで済む、この場を穏やかに終わらせられる…」
そうやって犠牲になることを繰り返すことで、過剰なまでに心が弱くなってしまいました。

人間なら誰もが生きづらさを抱えてる

それでも僕はブロガーの夢を諦めずに、失敗した原因を考察しました。

思い描いた成功への期待と、現実のズレに苦しんだこと。
交流において、他人に期待して裏切られて悲しくなったこと。

これらはどちらも、期待してしまったことから起きた消耗です。

恐ろしいのは、期待してしまったのは無意識の習慣からだってこと。
つまり心が弱い人は、普通に生きてるだけで絶対に消耗してしまうんです!

「他人を気にして、やりたいことが出来ないなんて全く自由じゃないじゃん!」

ジュラビー
僕は心の自由を手に入れてなかったんだ…

心の自由とは、自分がしたいことに100%エネルギーを注げる状態のこと。
それは逆に言えば、自分の力が届かないことをありのまま受け入れて、感情による消耗をしないようにすること。

僕は絵師の挫折から立ち直るときに、先天性の障害を不可抗力として受け入れることで救われました。

でも実は不可抗力とは障害や事故だけじゃない、他人や未来なども不可抗力だって気づいたんです!

ジュラビー
この世界には驚くほどたくさんの不可抗力が存在しているんだ!

極端な言い方をすると…
他人に良くしてもらおうと期待すること。
先天性の障害が治ることを期待すること。
これらは本質的に同じ、不可抗力への消耗という訳です。

リセカ
それこそが、この世界の”生きづらさ”の正体だったんですね。

つまり自由や幸せを手に入れるには、不可抗力を見極めれるようになればいいって訳なんです!

不可抗力は受け入れて、自分が変えられることだけに集中する、それが最も効率的な生き方だという学び。

リセカ
このことは、アドラー心理学で”課題の分離”として扱われています。


幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

そして、この世界の”生きづらさ”は決して僕だけの問題では無いって気づいたんです。

「人間は誰でも消耗している…みんなが生きづらさに悩んでいるんだ」
それは、この豊かな時代になぜ自殺する人がたくさんいるのか?についての解答でもありました。

しなければいけない事なんて何もない、したいことだけに集中するのが本当の自由なんです。
それを確信できた時、自分を支配していた様々なストレスが一気に晴れていくのを感じました。

「もう無理して頑張って、自分は幸せだって言い聞かせなくてもいいんだ…」
「嘘の自分を演じて、無理に世間と交流しなくてもいいんだ…」

生きていくための切り札

しかしこの世界には、お金という決して目を反らせない問題がありますよね…。
ブログの収益は初期に比べて増えてはいますが、まだそれだけで生活することはできません。

リセカ
世間ではニートと定義されていますね。
ジュラビー
違うもん!

そこで僕は、許されるためのライフラインとしてひとつ新しいことに挑戦しました。

それがインターネットを使った株式デイトレードです。
このデイトレですが、驚くことに直近で学んでいた人生の考え方がそのまま流用できたんです!
株の値動きってほとんどが不可抗力によるものなんですよね。

1年ほど真剣に試行錯誤を繰り返して、なんとか自分の勝ちパターンを確立できました。
この時はまだアベノミクスが続いてたおかげで、3年くらいで資金を数倍に増やすことに成功!

それから今にかけて地合いが悪くなりデイトレの難易度は上がったのですが、僕にはもうひとつプランがありました。
それは稼いだ資金を使って、株主優待を根こそぎ取ることで生活費を大幅に浮かせようというもの。

これにより、ほぼノーリスクで株主優待を取れるようになって非常に助かっています。

そうやって、デイトレと株主優待のシナジーにより直近のお金の問題をクリアできたんです!
なにより精神的に楽になったことが大きく、ブロガー活動をより楽しく進められるようになりました。

人生はロールプレイングゲームみたいに楽しめる!

そうやって自由な生き方を探す日常が楽しすぎる!
気づいて、学んで、試して、改善して…の繰り返しで成長していく。

ジュラビー
人生って本当に冒険なんだ…!

何にも縛られずに生きる人生は、ゲームと同じくらい楽しめる!

今後もブログ収益をもっと伸ばせるように、ゆるく頑張っていこうと思います。

このブログ「たのシェア」の紹介はこちらから。

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